イテテな骨折生活
2007年11月10日 (土) 13:03 by 大阪サーファー
休日に骨折してしまい、入院、そして退院後も松葉杖生活が続いた。
片足を上げたまま走行できる、入院中に爽快感を感じられる、唯一のクルマ
骨折した足を引きずりながら静岡から自宅に帰り、疲れて動けなくなる。 病院に行く気力も無くそのまま寝てしまう。
翌朝の2007年10月22日月曜日、骨折の痛みで目覚める。当日の 月曜日は、オフ会場の静岡からの帰りに伊良湖あたりでサーフィンするつもりで1日だけ有休をとっていたのだが、長い有休の初日になってしまったので、朝イチで会社に有休延長報告の電話を入れる。
( ̄△ ̄;) どええっ? あうっ? でえっ? だあっ? づぁっ? ・・・上司は文字では表せない相づちで、言葉になっていなかった。とりあえずそういうことで・・・と、一方的に電話を切る。すんません・・・
救急病院の先生から、入院・手術は間違いないと聞いていたので、入院の準備をして病院に行こうと思うが、包帯で固定しただけの骨折した足で、松葉杖では、家の中を探し物でうろうろするのがタイヘン。男の一人暮らしといえば片付けないモノが転がっていたりするものだが、松葉杖歩行ではそれがジャマになる・・・はぁ、こうなるなら部屋を片付けておけばよかった。 湯のみ、やかん、箸、着替えなど、ひととおり揃えたので、電話でタクシーを呼ぶ。受付のおっちゃんの話では、外で待っていてほしいとのこと。入院道具一式を背負って、骨折した足の松葉杖で、路上でタクシー待つなんて・・・こりゃきついわ。 近距離でご不満なタクシーに乗って病院に到着。
さっそく車椅子を見つけて乗り換える、やっぱり松葉杖より格段にラクです。しかし、自宅でゆっくり入院道具の準備していたので、診察受付11時45分終了ギリギリ・・・最後の診察患者だったようです。あぶないあぶない、このまままた自宅に帰るなんて有り得へんわ。
救急病院から借りてきたレントゲン写真を見た先生、「きれいに割れとるなー、何も見いへんでも、コレで充分や」と診察もせず即入院決定。ベッドも空いていて、そして偶然明日の手術室が空いていた。 先生が、明日手術大丈夫? 仕事は? 準備とかは? ・・・・心の準備ができてないだけ、入院の準備はできています。先生が手術材料屋に確認すると、骨の中心に入れる芯棒も明日午前中納品できるということで、手術日も入院翌日の10月23日火曜日に決定した。早すぎるやんけ。
病棟の看護師が迎えにきて、病室へ。外来用から病棟用の車椅子に乗り移れ? きっついの~。片足立ちになり、あだだだ・・・ガマンしながら車椅子を差し替える。トレーラーの付け替えみたい。
ギャー! 看護士が、管理人の痛いほうの足を、エレベーターの扉に当てる。
![]()
縁起の悪い数字の階の病棟だな~

治療計画書
担当看護師は・・・うーん・・・気にせず治療に打ち込めそう(ザンネーン) その看護師さんに治療計画書を渡される。想定される入院期間は・・・一ヶ月? そりゃ困る、スチャラカサーファーリーマンがそんなに休んだら、会社の机がなくなるがな。看護師さん、海岸でキャンピングカーから飛び降りたのって? 違うって、ちょっと近道しただけで・・・救急隊の引き継ぎということで、清水病院の紹介状に書いてあったそうな。そのまんま診断書に書かれると生命保険の入院給付金が気になるが、とりあえず入院中はよろしく、看護師さん。 担当看護師さんから手術の説明もあった。手術の際に必要なものを準備しろと言う。なるほど、手術後に集中治療室で看病してもらうに当たり必要な生活道具やな。
手術に必要なものリスト
- T字帯
は? なんじゃそりゃ。よくわからんので聞いてみたら、医療用のふんどしだって。病院の売店には必ず売っているらしい。あとで買って見てみたら、越中ふんどしの形でした。 - パジャマ
いまはいてるビラボンの半パンでええって。手術後に看護師さんが着させてくれるらしいから用意しとけって。 - バスタオル
風呂入れないと思ってたから持ってねーよ。病院で用意してくれるって。 - タオル
- ティッシュ
- 曲がるストロー
術後は自力で水を飲めないので、飲ませてもらうときに使うらしい。そんなに体が不自由になるほどダメージがあるのか・・・さむい。
手術に際しては、手術に関する承諾書類の同意とか、手術中に状況が変わったときなど万が一のために、家族を呼んでほしいという。親に言う気ないからいやだというと、どうしても必要なのだそうな。入院書類や手術書類を置いて、担当看護師は去っていった。 入院道具を片付けていたら、手術室の看護師が説明にやってきた。看護師さんはちょっと美人のキャリアウーマン風、やっぱり病棟よりはエリートコースの秘書室みたいなもんか?
手術を受ける患者への説明
- 飲食禁止
前日21時以降は飲食禁止、翌朝カンチョウだそうな。麻酔を打ったときに、筋肉が緩んで大や小が出るのを防ぐためだって。 - 点滴
やりっぱなし 朝からずっと抗生剤?点滴を打ちっぱなしらしい。 - 青い白衣?
手術室スタッフは白衣ではなく青い服を着ているけど不安に感じないようにって。 - フリチン
手術台ではフルチンだって。そりゃそうだろうなぁ。 - 縛り?
手術台では、暴れて手術中の場所を触ったり先生をどついたりしないように、手を縛り付けるそうな。 - チューブ
手術開始時にチンチンに尿管チューブつけるって、やだなぁ。 初体験や。 - リラクゼーション音楽
お気に入りのCDがあれば、手術中にかけるよって。CDなんて持ってきてないし、iPodも静岡に置いてきたし、 何か適当なのかけといてってお願いした。 - カーテン
手術してるとこが見えないように、顔の前にカーテンするって。 丸見えは怖いな、やっぱり。 - 麻酔の種類
全身じゃなくて腰椎麻酔・・・背中の背骨のすきまから麻酔を打って、下半身が麻痺するやつだって。上半身はそのまま・・・つまり、意識はあるってことね。 - 腰椎麻酔の打たれ方
手術台では体を横向きにして、自分のへそを見るように丸くなれって。 背中の背骨のすきまから麻酔を打ちやすいようにするためやね。 - 麻酔が効いてから
麻酔が効くと痛みはなくなるけど、触る感覚は残るって。怖いこといわんといてーな。骨のゴリゴリする感覚はわかるってこと?
手術室の看護師は、説明書と恐怖感だけを病室に残して帰っていった。管理人はこのような手術は初めてだ。腰椎麻酔の注射って、とんでもなくでかい注射器を想像してしまう。
唖然としていたら、主治医のF先生がやってきて、手術内容の説明。手術は太い骨に金属を入れて、4つのネジで固定するそうな。細い骨は必要に応じて針金を入れるって。 レントゲン写真は見たけど、折れた部分を直接見ていなかったから見せろっていうことで、清水病院で固定してもらった装具(診断書によるとシャーレ固定というらしい)をはずす。固定していた装具がはずされると、痛さが半端ではない。
そして先生が叫ぶ、「うわーやっぱり」? なにを叫んでるんや先生? 「大きな水疱(すいほう・・・水ぶくれのこと)ができてるやん」
折れた骨が、筋肉や皮膚を突き破って出てこようと悪さして水疱ができているらしい。 しかし、まぁこの程度なら、手術ができないわけじゃないなって。風邪を引いて熱でも出ない限り手術決定・・・ちょっと残念。
親に報告
看護師が、どうしても家族がいないと手術ができないって言うから、しかたがない。おかんに電話する。 おかんはやや警戒している。金をかせとでも言うと思ったか? しかし半分正解。前月にサーフボードを買ったりバリ島に行ったばかりで、手術の医療費なんて払えるわけがない。とりあえず話を切り出してみる。 実は骨が折れてもうてなぁ。 はー? 明日手術で家族がおらんとあかん言うねん。しばらく無言で・・・おとーちゃーん・・・・声が受話器から遠くなる。おとんに言いに行ったらしい。 やがて受話器に帰ってきて、あんた何しとったん、だからサーフィンなんかやめぇ言うたじゃろ・・・広島弁で怒っているので、落ち着くまでとりあえずへぇへぇと聞いておく。落ち着いたところで、病院への新幹線乗り換え説明と、やっぱり治療費貸してくれ・・・どさくさにまぎれてOK では明日よろしく。
勤務先に報告
会社に報告のため、ケータイからメールする。打ち直さなくて言いように、報告書形式で、怪我をした状況、治療方法、入院期間などをまとめて書いて送る。常務と社長に見せるけど、恥ずかしいだろうから社内には公開しないとのこと。しかし、キャンピングカーから落ちたのかがけから落ちたのかが争点になっているとのこと。勘がスルドイな。
17時頃に、お茶配りのおばちゃんが、ラグビー部のヤカンのような、巨大なヤカンでお茶を入れてくれる。なるほど、患者がゾロゾロ取りに行くのではなく、配ってくれるシステムなんですね。これから毎日2回はお世話になります。
いよいよメシの時間

あっという間に夕食の18時。これが、この病院に入院して最初、そして手術前最後の食事。包帯が巻かれた足も。死刑直前の食事状態だ。今夜21時から絶食で明日は手術なので、メシなんて当分食べれそうにないと思うと、病院のメシでもうまい。そういえば静岡でmaimai号さんにいただいたパン以来、家でも動けず、まともなごはんを食べていなかった、完食。 寝るまでベッドでほとんど動く気がしない。痛いので動きたくないが、しびんはイヤなので、トイレだけはムリして車椅子に乗り換えて行く。しかし落ち着かない。手術前の緊張感だ。痛いのはあたりまえだろうが、いやだなぁ。気が重い。 21時に消灯しても、なかなか寝付けない。オーナーズクラブの方々から、メールが入ってきていたので、その返事や、オフ会に水を差してしまったお詫びメールを書いたりしていると12時・・・もう水分も取ってはいけない時間・・・お茶をがぶ飲みしてボケーっとしていると、寝てしまった。
2007年10月23日
手術当日の朝がきてしまった。寝れないだろうなーと思っていたのだが、意外と普通に寝れた。雨よふれ槍よ降れ、悪魔が下りてきて地球が滅亡すれば・・・の運動会当日状態である。天気もいいし、気持ちのいい朝だった・・・手術日でなければね ※手術中はケータイ使えないので、ちょっと写真は少な目、文字ばかりです。
手術といっても、骨の手術なので、失敗すると死ぬとか、そういう不安はない。それよりも管理人は、とにかく痛いのが苦手なのだ。 麻酔があるから大丈夫というけれど、歯の治療のときのように、麻酔の注射が痛いはず。そして、麻酔が抜けた後の痛みは、インターネットで調べまくったが、かなり痛いらしい。ラグビーやってた人にも聞いてみた、とにかく痛み止めのクスリを、先手を打ってリクエストしておけって。そんなことを考えていると、もっと不安になる。
そこへ、手術当日は飲食禁止なのに、給茶係のおばちゃんが、おいらの湯のみにお茶を満たす。オバチャン、おいらはオバチャンのお茶を二日は飲めないよ・・・って言うわけないか。
飲食禁止なので歯磨きもやる気がなく、何もすることがないので朝から二度寝する、これがリーマン当時にはあり得ない気持ちよさで気がまぎれていたのだが、その睡眠を破って担当看護師がやってきた、イッツカンチョウタイムだそうな。簡単な事前説明として、車椅子専用トイレに行って鍵をかけずにズボンを脱ぎ、スタンバイできたらナースコールを鳴らしてくれって。そしてカンチョウ後に便意をもよおすが、ガマンして、限界で・・・とのこと。あいよ、わかったよ。 骨折が痛いのをガマンして車椅子に乗り移り、車椅子専用トイレへ移動、またまたいたいのをガマンして洋式トイレへ乗り移り、ナースコールで看護師を呼ぶとやってきた。ケツを放り出して便器に座っているところに、扉を全開にして入ってくる・・・コラこら、廊下から丸見えやんか、はよ閉めんかい。 処方されたカンチョウにかかれた名前を見せられて、間違いないですかって言われる・・・取り違えがないようにするためらしい、ハイハイ、たしかに私のカンチョウに間違いおまへんわ。 想像してみてください(したくないか) こんな骨折状態で、どうやってカンチョウしてもらうんでしょうか。洋式トイレで、片足骨折しているのに、片ケツを上げなければいけないんですよ。届かないからもっと上げてくださいって何度も言うのですが・・・痛いのをガマンしてイテテテと言っているすきにブスッとヤられました。
看護師はまたもや扉を大きく開けて去っていきました。このあとはひたすら便意をガマンです。電車内でもよおしたのならガマンするだろうけれども、準備オッケーのトイレに座ったままガマンしろといわれても、すぐに魔が差してしまう。まるでス・・・いや、やめておこう。しばらく黄門様バルブ開閉の格闘が続く(?)
全然関係ないが、お尻のバルブと格闘中に、ふと、ジュニアのバルブを思い出す(マジで) 清水タンクが満タンのままだった。一ヶ月は会えないジュニア、清水タンクの水を飲む管理人としては、水が腐っては困るので、バルブ操作後に、預かっていただいているOさんに、タンクの水抜きをケータイメールでお願いする。
次は抗生剤の点滴だって。この点滴、手術翌日までずっと続くので刺しっぱなしになるから、打つ前に手術着に着替えておかなければならない。なるほど、点滴が始まると、今着ているTシャツの袖の部分が脱げなくなってしまうからだなぁ。パンツ1枚の上から手術着に着替えると、ますますもってまな板の鯉、不安感が増してくる。この不安感から逃げるには、寝よう、寝るしかない。
朝寝していたら10時頃に親がやってきた。食べ物は絶対持ってくるなと言ってたのに、田舎者なので、実家でとれたブドウやみかんを持ってきていた。いろいろ聞きたそうだったが、言いたくないので、他の患者の迷惑になるということで黙らせる。そしたら昼メシを食ってくるとのことで出て行った。一人になるとまた不安になる。寝よう、寝るしかない。
昼下がり、看護師がやってきた。少し手術が遅れていて、30分おくれの14時頃になりそうですって。そんなんで起こすなよ・・・30分寝れずに定刻だ。看護師がゾロゾロ、婦長までやってきた。今寝ているベッドごと手術室へ運ばれていく。病人みたいだ、いや、ホンモノの患者だ。見上げたままの天井の照明が、進行方向に動いている。時折のぞきこむ親や看護師が、なんだか患者らしい気分にさせる。やがてエレベータの天井が見えた。そのエレベータの扉が閉まらない。あれ、あたしの腹が出てる?今までいけたのに。そんな冗談も笑えないぞ。ちょっと動いたらほんとに閉まったようだが。
手術室に入る。名前を聞かれる。取り違えがないようにするためらしい。腕の記名バンドも見せて、名前を言わされて確認OK。パンツを脱がされて、手術着を着直して病棟のベッドから手術台に動かされる。普通の状態なので、自分で体を動かしてベッドを移った。病棟の看護師が、後はよろしくお願いしますって。行かないで〜 ・・・もうあかん、後には戻られへんわ。 ゴロゴロとキャスターつきの手術ベッドで運ばれ、横に目をやると、手術中の赤い表示灯が点灯した部屋がいくつか見える。視線を天井に戻すと、やがて普通の天井から、ドラマで見たような、手術室の照明の天井が見えてくる。まわりには青い服のスタッフたち・・・うーん、ホンモノの手術室の雰囲気だ。オマカセにしていた音楽は、ヒーリングの定番ENYAが流れていたが、ラジカセみたいで音質は今イチ・・・まいっか。
そこへ、いきなり主治医のF先生が、マスクをして照明をさえぎるようににゅーっと出てきた。名前は? 間違いないなー、せやろーなー、ほなー、やるでーって。手術前にしては、ちょっとゆるゆるセンセイであった。まあ、手術の生命に対する難易度としては低いほうやろうからね、痛さや工作技術は別として。
手術室壁面にあるデジタルの経過時間表示が動き始める。ひとつは手術時間で、もうひとつ麻酔時間のデジタル時計もあるが、こっちはまだカウントしていない。そんな周囲を見ていたら、数人のスタッフがおいらを取り囲まれる、もう完全に、まな板の鯉。
まずは腰椎麻酔。横になってエビのように丸くなれとのこと。先生が、背骨のすきまを指で押さえながら探しているが、なかなか見つからないようだ。怖いのでカチカチになってるから、見つけにくいようだ。痛がりか? かなり痛がりです! ほな麻酔しようか。 は? 麻酔を打つ麻酔や。はぁ・・・それも痛そうやけど、腰椎麻酔って、麻酔を打つための麻酔が必要なくらい、いたーい注射なの?? 想像が膨らみ、ますますカチカチになる。麻酔のための麻酔がブスッ・・・うーん、針の太さは虫歯の麻酔くらいかな、やっぱりいたーい、ビクッとした。そしてまた、センセイは背骨のすき間を指でグリグリと探す。グリグリ感覚がまだ感じるということは、麻酔のための麻酔はきいてない? うわー、やめてくれー。 そこへ電子音が響く。先生、血圧が160、心拍数も急上昇しています・・・緊張で血圧が上がっているらしい。脈拍の音も、ドラマのように、ピーっ、ピーっと繰り返し鳴っているが、確かにやたらペースが早い。もしかして、高血圧で手術中止?甘い期待もむなしく、もっと丸くなれと、看護師に押さえ込まれ、指先でグリグリ・・・あの、ぶっとい(と勝手に想像してしまった)腰椎麻酔、いつブスッと刺されるのか・・・恐怖に歯を食いしばっていたら、はいOK? 背中まわりがなーんとなく暖かくなり、横向きえびぞり状態から、あおむけに戻される。とりあえず終わったのかとほっとする。 ハハハ、現金なやっちゃなぁ、血圧が110に下がったわ。なるほど、心拍数を示す電子音のピッチも下がりはじめた。
ほっとしたのもつかの間、足元が見えないように、首の上あたりに目隠しのカーテンが引かれる。そして一気に手術着がはがされる。そして、気持ち悪いけどガマンしてねーと言われ、何すんねんーと思ったら、尿管チューブを挿入されたようで、川口探検隊のようにグイグイ進んでいくチューブを感じる。うわっ、まだ痛いですよ! まだ麻酔効き始めやからガマンしてねって容赦がない。そして、暴れないように、両手を縛って固定される。他にも測定機器などいろいろ取り付けられていく。
それから数分、麻酔がまわるまで、少し休憩。下半身が冷たく、そして感覚がなくなってきた。虫歯の麻酔と同じ感覚。 足のシャーレ固定が取り外され、グリグリされる。痛いか? いんゃ、別に? すごい。なんとなくグリグリしてるのかなーとは思うが、感覚がほとんどない。あのときと同じ、泥酔状態で痛くない感じ。麻酔が覚めた後が怖いけど、今は何をされても全く大丈夫だ。
モニター見えるようにしとく? は? 管理人は首を回して右を見ると、折れた骨のレントゲン画像が動いていた。このモニター、モノクロのレントゲン写真が生中継してるような画像だ。先生が管理人の足を動かすと、折れた骨がぐりぐり動いている。怖くなったら見ないようにしますから、見えるようにしてくださいとお願いする。
先生が、3日以上風呂に入ってないやろ? そうですぅ・・・ まずはクリーニング。汚れてるんじゃなくて焼けて黒いなぁ、何かスポーツしてたんか? サーフィンですぅ・・・ プッ・・・一部看護師が笑う、どういう意味やねん、似合わんのはわかってるけど、ほっといてんか。先生が「なるほど、それで静岡か〜! 波がどないやった?」 ・・・いやいや、サーフィンで折れたんじゃないんですけどね、それに波って聞かれても、一応サーファーのあいさつ言葉みたいなもんやけど。
さっそくヒザの皿のところにメスが入るレントゲン画像が見えた。メスを持つ先生の手の骨もみえる。メスが動いても何も感じない。さすが腰椎麻酔! すごいぞ。そして次に何か見えたと思ったら、グイーンと、電動工具の音がして、ひざに刺さって行く。しかし何も感じない。とりあえず麻酔が抜けるまでは痛くないことが保証されたわけで、期間限定ながらも、そういう理由で落ち着くことができた。
すいませんと呼んでみる。看護師が心配そうにやってくる。鼻の頭がかゆいと言ったら、ちょっとめんどくさそうな顔になって、手袋で鼻をグリグリやって去っていった。あなたに甘えたくて言ったんじゃないんだけどなぁ。
電気ドリルには、長くてしなるバネのような工具がついているらしい。ひざの途中で曲がりながら、少しずつ、骨折部分まで進んでいくのが、モニター画像で見える。ドリルを抜き差し前後させながら進んでいくのだが、ふとカーテンのほうに目をやると、長い工具なので、持ち上げたり押し込んだりしている電動ドリルの実物と、それを持つセンセイの手が見える。外観は、ジュニアの改造に使うような12Vの電動工具にそっくり、これはHITACHIと書いてある。途中でバッテリー交換してるし〜。 その電動ドリルを大きく持ち上げたとき、血だらけの工具の一部が見えてしまった。これはもしかして、おいらの血ですか? 腰から下は別世界、気にしない気にしない・・・ハハハハハ。
ドリルで奥まで穴を開けたら引き抜かれて、今度は金属が押し込まれる。もちろんカナヅチか何かでトントン叩くのだ。 これにて一段落と思ったら、またメスが登場。横からネジを通すための穴をあけるため切開するらしい。小さな穴なのですぐに終わり、またドリルが登場。ネジが骨にささっていく。合計4箇所をあっさり固定終了。これで終わりやろ〜と思ったら、ひざにエンドキャップをするとのこと。1年後に金属を引き抜くため、キャップをしておくそうだ。2cm,1cmサイズが合わないということで3つめ5mmのキャップがぴったりだった。1年後にここから抜くんですね。
太い骨(けい骨)の固定はこれで終わりだが、実は細い骨(ひ骨)が粉状のままだった。針金を入れるかどうか、主治医と複数の先生が相談している。足を手でぐにぐに触って、骨の動きを見る。結局針金を入れることになったらしい。 さっそく細い骨に細い針金が押し込まれて行く。途中まではあっさり進むが、折れて粉状になった箇所で骨の中心から外に出てしまい、何度も抜き差ししていた。一瞬体外に突き出たように見えたが、それは気のせい、ようやく固定できた。
先生がカーテンを超えて、おいらの顔をのぞきこむ。「終わったで」 先生は汗だくになっていて、手術帽も汗がにじんでいた。しかし、よく見ると、マスクと帽子に返り血が・・・それはおいらの血ですね、センセイ?
最後に縫合・・・ぜんぜん痛くないけど、引きつる感じはある。抜糸は痛いんだろうなぁ。手術室内の時計では、麻酔時間3H、手術時間2.5Hと表示されていた。意外と長かったですね、手術時間。
===================
手術室から準備室みたいな部屋に移され、普通の天井が見える。 手術用ベッドから、病棟で寝るベッドに移るのだが、今度はおいらも動けないので、看護師さんの力にオマカセ。かなり苦労している様子。点滴を付け替えて、手術室から出ると、これまたドラマのように、天井灯をさえぎるように親がのぞきこんでくる。
大丈夫?! そりゃ大丈夫やで、確かに時間はかかったけど、たいした手術じゃないし、意識あるやんか。看護師が、手術前に脱がされたパンツを、ビニール袋に入れて、親に渡した。もう帰ってええでと言ったが、エレベータについてきた。 やっと病室に戻れたかと思ったら、ちょっと違う。ここはどこやと看護師に尋ねると、集中治療室だという。手術後はどんな容態変化にも対応できるように、ここで一夜を明かすそうな。
そして親が入ってきた。いろいろな医療機器につながれた管理人を見た親は、また驚いていたが、そこへ先生が入ってきて・・・おっ、親御さんですか? 説明しましょうか? と、親を連れて行った。5分ほどで戻ってきて、先生から何を聞いたのかわからないが、ニヤニヤしながら、じゃあ帰るよと、親はあっさり帰っていった。
電子音だけが響く治療室で一人になる。ちょっと寝返りを打ちたくても、できない。全く体が動かない、無力な状態だ。排泄は、尿管チューブでいけているらしい。今日は晩御飯は食べられないし、麻酔が切れたら痛くなるだろうけれど、まだまだ麻酔が効いている。 とりあえず眠くなったので寝る。何度も看護師が容態を見にやってくる。消灯時間が近づいてきたので、まだ痛くないけれども、痛み止めの座薬を入れてもらう。
21時・・・消灯時間だが、この時間になると水を飲んでもいいらしい。吸い口のついた介護用水のみ器を口に近づけられ、鳥のヒナのように水を飲む・・・やたらうまい。飲み干すと、もう一杯飲みますか?ってオカワリする。また一気飲みすると、もうだめだって。 オカワリ用にベッドの横に水飲み器を置いていく。盗み飲みしたいが、チクショー、体が動かない。こういう状態の人間は無力だと感じた。 消灯後、次第に痛みが襲ってくる。心電図計が、自分の心拍に合わせてピー・ピーっと繰り返し鳴っている。隣の人はうなっている。もう一つとなりの人は全身麻酔だったのか、人工呼吸器の、スーっ、はーっの繰り返しが聞こえるだけ。集中治療室なのだからあたりまえの音だが、こんな環境では寝れない。
何時間たったのかわからないが、痛みに耐えつづけたつもりだったが、ふと見つけた心電図計の時計表示ではまだ9時30分・・・消灯からわずか30分強だ。とりあえずまた痛み止めを入れてもらおう。 看護師が定期巡回に来たので痛みを訴えると、まだ2時間たってませんよって。何か基準があるのか尋ねると、およそ座薬は2時間おきだそうな。痛いと訴えると入れてくれたけど、あまり痛みは変わらない。痛みを訴える患者には慣れているんだろうな、特に整形外科なんて、みんな痛がるんだろうからなぁ。 さらに新たな痛みが、おチンから・・・あまり感じていなかった尿管チューブが痛んでるようだ。このチューブ、チンチンのバルブ(おしっこを止めたり出したりする筋肉?)よりも体内側まで押し込まれているようで、尿の排出を制御できない・・・つまり、タンク(膀胱ね)に直接刺さっていて、タンクに少しでもおしっこがたまれば、すぐに排出してしまうらしい。わざとおしっこしてみるが、チューブ内部を流れるので尿道を流れる感覚もない。
やっと深夜0時になり、看護師の交代時間らしい。新しい看護師がやってきて、傷口を見る。 サスペンスで死体を見つけたかのような顔をして口を押さえて、別の看護師を呼びに走る。どうやら出血しているらしい。 のぞきこんでみると、脱脂綿がきつねうどんのおあげのようにブヨブヨになっている・・・ただし赤ね。当直医を呼ぶことになったらしい。
当直医は外科の副院長だった。 出血は落ち着いているように見えるが、また出てきてもいややろし、もう一針縫おうかとのこと、そういうのは腰椎麻酔が効いているうちにやってほしかったなあ。何号針と何号糸を用意しろといわれたが、すぐに出てこない。副院長は怒る、どうして揃っていないんだ、点検していないのか、患者さまを不安にさせるだろうと。 そしていよいよ縫うことに。ところが照明がない。また副院長が怒る、会社でも病院でも、似たようなことがあるんですね。
天井の照明を点灯しても暗い。懐中電灯下での縫合となった。「キョクマ何ミリ」どうやら「局麻」つまり局所麻酔を打つらしい。麻酔は抜けて来ているので、駐車だけでも結構痛い。腰痛麻酔に比べると、局所麻酔は痛いです。糸が通る感覚も感じるし。かくして夜中の暗闇緊急縫合手術は終わった。
終わったから寝ろといっても、寝れるわけがない。痛みが増してきて、体温も上昇して暑い。看護師は30分おきにやってきて、容態を尋ねる。痛いといってもしょうがないんでしょと言うと、座薬と痛み止め注射の許可は出てますよとのことで、座薬を遠慮なく入れてもらう。隣のおばあさんが、カーテン越しに、「お隣さんボタン届かないから押して看護師さん呼んでくれんかのう」と話し掛けてくる。 押してやると管理人のところに血相を変えてかけつけてくる。となりのばあちゃんが呼んでると言うと、怪訝な顔で隣のベッドに行く。 しばらくすると、いたい、いたいとうなり始めたのでナースコールで看護師を呼ぶと、たいしたことなかったらしい。 もう一つとなりからは人工呼吸器のスーっハー・・・痛く寝苦しい夜は続いた。
突然、照明が点灯する。朝6時になったようだ。4時まで記憶があるので2時間寝れたくらい? 痛みは、 骨折に比べればガマンできるけど、肉がずううんと痛く、パンパンに腫れていてはちきれそうな痛みが走る。看護師が、検温と血圧測定、血圧は普通だが体温はちょっと高い。いかがですかと聞かれても答える気力がないが、座薬をオーダーする。 入れてもらっても痛みはほとんど緩和されない。
しばらくして、歯磨きと顔を洗えと、濡れタオルを歯磨きセットを持ってきた。電動の介護ベッドで起こしてもらい、なんとか顔を拭きはじめる、これは気持ちいい。そしたら濡れタオルを看護師が奪い、ごしごし顔を拭いてくれる。ちょっと力強いがこれまた気持ちいい。介護とはこういうものか。歯磨きは自分でやってみる、歯ブラシは2秒で1往復くらい、時間がかかる。磨き終えたところで、うがい水と吐き出すトレイが出てきて、ぐるぐるぺってやれとさ。いわゆる介護のお世話になった。 しかし、気持ちよかった洗面もつかの間、ヒマになるとまた痛くなってきた。
しばらく耐えていたら、朝食が出てきた。食パン2枚、ジャム、マーガリン、牛乳、サラダ、みかん・・・・典型的な病院朝食。食パンは焼かれているわけがないのでマズイはずだが、やたらうまい。食欲は復活したようだ。しかし、ガツガツ食べたいが、動きはよくないので、早くは食べられない。結局、食べ終えたのは、となりのおばあちゃんと同じだった。 しかしまだ7時30分・・・1日は長い。ヒマになると痛みを感じてくる。
集中治療室は、看護師の集まるスタッフステーション (いわゆる看護婦詰所)の横なので、慌ただしさが見える。二人勤務みたいだが、ナースコールが絶え間なく鳴り続ける。隣のおばあちゃんも、痛いので何度か呼んでいた。
8時を過ぎると、婦長が出勤、お変わりないですか?って口癖らしい。痛いっていうと、日にち薬ですからねーってさ。 この日にち薬という言葉、退院まで何度も耳にすることになる。痛いけどどうしようもない患者が痛みを訴えると、 この言葉を返すしかないらしい。少しずつ看護師が出勤してくる。担当看護師が出勤早々顔を出した、お気遣いどうも。昼までには、集中治療室から、もといた病棟に戻りますってさ。
定刻に朝礼が始まる。理念みたいなものを唱和している。そして、引継ぎでは、管理人が寝れていなかったことが申し送りされていた、バレてたのね。
朝礼が終わり、看護師たちは病室に散らばっていく。ヒマになり痛みにひたすら耐えていると、主治医がやってきて、病棟戻ってヨシだって。看護師が集まってきて手術着を脱がされ、パンツをはきましょう・・・って、用意されたパンツは、病室からもってきましたっていう。そっ、それは昨日、別の看護師が手術前に脱がしたやつやんか。やめてーって言う気力もなく、抵抗する間もなく古いパンツを履かされる。おしっこは大丈夫ですか?って聞かれ、尿管チューブの痛みに耐えられないのでぜひとお願いすると、尿管チューブを外します、ヘンな感じがしますよーって、ギャー!・・・もっと痛いやんか! 尿管チューブには、抜けないように、返しの引っかかりがついているらしく、引っ掻くような痛みが、尿道内を進んでいく。一番最後の先端部分の引き抜きが一番痛かった。
やっと病室に戻った。 帰っていった看護師と入れ替わりくらいで、突然、同じ会社の部署のTさんがやってきた。あぶないあぶない、もう少し早ければ、 尿管チューブ抜き作業と鉢合わせするところだったやんか。お土産に持って来てくれたプリンを、冷蔵庫ではなくテーブル上に置いてもらう。 冷蔵庫はまだ電源が入っていないだけでなく、あまり動けないので、手元にあったほうがいい。帰った後、むさぼるように食う。 久しぶりの嗜好品というかスイーツは、やたらうまかった。
そして1時間もしないうちに昼ご飯・・・うまい。食欲は戻った。次の目標は、荷物の中にあるケータイの救出だ。13時、手を伸ばしてみるが、足が痛い、ムリだった。14時にもムリ。15時過ぎ、むりやり寝返りを打って、やっとかばんの底に手が届く。そのケータイで初めて撮った写真がこれ。

指先がパンパンに腫れています。

右足は、エコノミークラス症候群防止・・・静脈血栓閉栓症防止のため、空気を送って足を締め付けたり緩めたりする空気袋が巻きつけられています。ワンパターンなので、痛くなってきます。 主治医の先生がやってきた。早く社会復帰するためには、まず車椅子に乗れるようになること、そして松葉杖とリハビリに進むとのこと。車椅子に乗り移るのは、今からでも問題ないが、気力がないと、痛くてしばらくムリだろう、しかし2週間以内に乗れるようになってくれって。2週間すぎると筋肉が衰えるからとのことだが、2週間って、それくらいで退院しなければ会社の机がなくなってるぞって思ってるのに、まだ車椅子じゃあかんわ。今はかばんの中のケータイさえもなかなか取れないのに、車椅子に乗り移れとは・・・がんばらねば。
特製足乗せトレイをセットした車椅子。乗り移るためには、自力で足を持ち上げなければならない。早く退院したい一心で、腰を上げ、足を持ち上げてみる。動かすから痛いのではなく、何をしても痛いので、持ち上げても痛みは変わらない。清水の舞台(→「しみず」じゃなくて「きよみず」ね、念のため)から飛び降りたような気合いで、乗り移り成功。
車椅子で廊下に出て、廊下を走る。自由に動けるということが、こんなにいい気分とはね。スタッフステーション前を通過すると、気づいた数名の看護師さんたちが、車椅子に乗ることができたねーって、拍手してくれた。なんだか幼稚園状態ではあるが、まあ悪い気分ではないなー。主治医の先生もいて、早いなーって、言ってた。 痛みも少し忘れて、車椅子で、病棟や院内を少しまわった。トイレに行ってみる、OKだ、問題なし、もうトイレには自由に行ける。 「しびん」のお世話になる心配がなくなったので、水分とりほうだいだ。さっそく売店でジュースを買った。 わずか数日ほどの寝たきりから開放されただけなのに、自由だ〜!って感じ。 自由を満喫して帰ってきたら・・・

許可が下りていた。
ベッドサイドにこんなものが貼ってあった。入院翌日に手術し、翌々日の夕方には車椅子で動けるようになった。実質、これからが入院生活スタートだなぁ。
手術翌日から車椅子に乗れるようになり、入院生活がスタートした。 本文は、病院でケータイで書いたものを再構成。

手術翌日夕方・・・腫れてるなぁ、やっぱり。足先がパンパンです。指のマタがなく、指同士がくっついています。

当日は病院食らしい晩御飯でした。左は大学いも、その横はほうれん草のおひたし、魚はさわらです。 食後に、会社と、ジュニアのみなさんにメールで手術終了の報告をしました。

2007年10月25日朝の病室からの眺め。田舎町の風景に見えるでしょうが、一応大阪府内です。 主治医がやってきた。おとといの手術で、感染症はありませんでしたって。は? 告知義務があるそうな。 ひざの縫い目を見て帰っていった。

車椅子の上から撮影。包帯の面積が少し小さくなり、ひざの傷口が見えてます。
週3回は入浴または体を拭く日、今日は該当日らしい。管理人にとっては初めてだ。看護師がホットタオル4枚持ってやってきた。できますか?拭きましょうか? 一人でできまんがな、カーテン閉めてくれりゃいいよ。Tシャツ脱いで、温泉タオルの要領で体をぬぐうように拭く。うーん、かなりキモチいい・・・っていうか、 前回お風呂に入ったのは、イテテ三保オフ前夜に日本平PAでジュニアのシャワーを浴びて以来、5日ぶりじゃないですか、そりゃええはずやわ。

ちょっとボリューム感のあるごはんです。足もボリュームがあります(腫れてます)ね

うなぎ丼・・・って、がんばってるけど、うなぎ小さーい!右に見えるのは柿

串焼きですね。

面会室にはメニューが掲示されています。右上にうなぎ丼が載ってますね。

ぎょうざと煮物。足はまだまだ腫れていますね。

顔出しOKの会社の悪友二人やってきた。特に右のシャカリキチャリンカーは、大阪市内から20kmチャリンコで大和川河川敷を走ってきた!・・・が、無理が祟ったらしく、そのあと入院したそうな。このメンバーが集まると、やっぱり・・・近くのめし屋に

気にせんと飲まんかいって・・・期待していたところもあるが・・・病院を抜け出して、近くのメシ屋で久しぶりのビール・・・やってしまった。 いやー、シャバはやっぱりええなぁ。しかし、この後病室に戻ると、メシが残ってた。食えるわけねぇし、捨てるにも、車椅子では運べない・・・。やがて看護師がやってきて、お食事さげますねー・・・あれっ、食欲ないんですか・・・ってフタをあけると、メシが丸ごと残ってたからなぁ。酒くさかったみたいやし、看護師から見る見る角が生えてきた。
足はまだ腫れてますね。出てくる魚は、すべて骨抜きです、お年寄りが骨がのどに引っかかるとやばいですからね
天気がいいので屋外で日光浴。ビーチサンダルは右だけです、左は静岡に置いてきましたから。
ベッドにはこんなリモコンが標準装備です。電動で動きます。頭→メシを食うときに上げる、足→腫れた足を心臓より高い位置に上げたいときの調整、高さ→ベッドから下りるときの調整家のベッドにもほしいくらい、健常者でも便利です。
ちょっと足の腫れが引いてきたかな? メシはモーニング風だけど夕食でした。
=========
痛い定期イベント
二日に一回、手術箇所の消毒がある。これが痛くて恐怖。傷口の消毒は痛い。先生は容赦しない。 折れたときよりは痛くないやろーって言うけど・・・。しかし、もっと痛いことがある。それは、テープを剥がさなければならないから。 ダチョウ倶楽部の上島ならおいしいところだが、おいらにはギャーと叫ぶだけ。消毒やテープはがしのような瞬間的または短時間の痛みのときは、ギャーと叫ぶと意外と気がまぎれて痛みが緩和するのだ。初めて消毒する看護師さんには、あらかじめ予告しておく、過剰にギャーと叫ぶけど気にしないでねって。
はがしたあと・・・脱毛テープではありません、傷口保護テープです。毎回これだけ抜けると、おかげで退院の頃には毛がなくなりましたから。
腫れが引いてくると、シワがでてきました。まだまだ腫れていびつな形です。
日に日に腫れが落ち着いてきます。
刺身は病院にしては珍しいですね、他があっさりしすぎですが
あっさりしたメニューが続きます。
しかし、ひまな入院生活。あっさりしててもまずくても、定期的に出てくる日替わりの食事が、一番の楽しみになってしまうと、皆さん口をそろえて言います。管理人もうれしそうに写真をとってるあたりが、そうかもね。
病院食生活で一番意外だったのが、ちゃんとごはんもおかずも温かいことなのです。その秘密は・・・
このカートに秘密がありました。
下から1段目と2段目にトレイが乗っていますが、真中に仕切りがあるでしょ?左が温蔵庫、右が冷蔵庫になっているんです。次に、ある日のメニューを見てください。
トレイの左にごはんや蒸し鶏など、温かいものがあり、右には冷たいサラダがあります。1枚のトレイですが、温度区分で左右に分かれているんですね。
よくできたカートですね、左右間違えるとえらいことになりそうですが。(松下電工製、適温配膳車デリカート)
朝食はワンパターンです。
足はまだ腫れてますね。果物とサラダは一応日替わりです。食パンは焼かないと、このまま食べるのは厳しいです。しかし・・・
オーブントースターは、ワンフロアでこの一台しかありません! 右はレンジ専用なので焼けません。朝食時は病人けが人の行列ができます。戦時中の配給行列みたいです。管理人が入院していたこのフロアは、レディース病棟と整形外科病棟があるのですが、レディース病棟は50歳未満の女性が対象で、内科や産婦人科など比較的若くて足腰が強いオバチャンが多いのに対して、管理人が入院している整形外科チームは年齢制限がないためお年寄りが多く、骨折などで車椅子や歩行器など、足腰が弱くて動きが遅い人が多いので、いつもレディースチームに負けてしまいます。管理人も車椅子で猛ダッシュで向かうのですが、お産前のオバチャン行列に、くじけそうになります。
================
上司(部長課長クラス)がやってきた。怒っていなかったが、真相は聞かれた。お見舞いはふりかけセットだった。
病院の食事は薄味で淡白なので、盛りの少ないごはんでも、バランスよく食べないでうっかりおかずばかり食べてしまうと、余ってしまうことがあるから、ふりかけは重宝するのだ。安くてもポイントを突いているお見舞い品です。ただし塩分やアレルギーには注意かな、外科や整形くらいにしといてください。
リハビリ開始
早く退院しないと、会社の机がなくなってしまうので、リハビリを入れてもらいました。
左右の足に重りをつけ、上下運動します。
もちろん、骨折した左のほうが軽い重りです。このあと、リハビリの先生に、ひざをゆっくり曲げてもらうと、意外に90度ほど曲がった。足首は針金のせいで痛くて曲がらない。これにて初日のリハビリ終了。このリハビリが骨に影響がないか、即レントゲン室へ向かい撮影。 リハビリの影響はなかったようで骨もまとまっているので、この上からギブスをまく必要なし、このままで行こうと診断された、よかったわー。 しかし、術後に初めて見るレントゲン写真は、金属・ボルト・針金が丸見えでした。このときは、一応病院だから、ケータイで写真を撮らせてとは言えなかったので、写真はありません。 松葉杖はリハビリの先生に少しだけ歩いて見せたら免許皆伝・・・静岡から自力で帰ってきましたからね。あとは筋力を自力でつけろっていうことで、病棟に戻って練習です。
練習疲れ休憩中
練習仲間のばあちゃんがいますが、むこうは看護学生の添乗員つき、ええなぁ~。速度はおいらとばあちゃん、ほぼ同じくらいだな。
2007年11月5日 抜糸することになった。抜糸って絶対痛そうだ。経験者にケータイで、いろいろ聞いてみるが、腹の手術はほとんど痛みがないらしい。ネットで調べても、あっさりしてるとか、ちくっとする程度とか・・・。大げさに声を出してみたが、ちくっともしなかった。センセがゴソゴソしてるだけ。
ナマ足を久しぶりに見ました。ぷくーっと膨れていますね。白い円形の部分は、骨が突き破りそうになった水疱のあと。皮膚が再生しています。
抜糸後も、ひざはまだ傷口が開きそうなので、しばらくの間、こんなテープ貼りされました。
入浴許可がでた。
意外と普通のユニットバス。つかまる手すりがあちこちにありますけどね。
ス○ベ椅子ではありません、介護入浴椅子です。不謹慎ではありますが、人に洗ってもらうという目的から、介護入浴椅子もス○ベ椅子も方向性は似ているような気がします。この椅子にはキャスターがついていて、脱衣場で車椅子から乗り移って服を脱ぎ、この椅子のキャスターで脱衣場から浴室に移動します。座ったままシャワーを浴びて、またこのまま脱衣場に移動します。今までずっと蒸しタオルで体を清拭していましたが、やっぱり風呂はいいねぇ。
主治医の先生は、元サーファーだった。せっかくだから、サーフィンはいつできるのか聞いてみた。パドリングとボードに腹ばいと正座して板に乗るなら今でもOKだって、それだけじゃつまんないやんか。退院は、生活できる自信がついたらしてもいいし、このまま3ヶ月入院しててもいいって・・・机なくなるから、早く自信をつけよう。
屋上のベンチで寝転んで昼寝
リハビリを兼ねて、外に出てみた。
駅前まで歩いてみる。
コンビニで買い物をしてみよう。
松葉杖で両手がふさがっているので、基本的にモノを持つことができない。結局ヨーグルト1個しか替えなかったが、社会勉強であった。かなり疲れた。とても通勤はまだムリそうだ。 その夜、検温で巡回する看護師が小声で耳打ちする、ファミマで見たわよ・・・って。次の日、朝礼でチクられた。会う看護師全員から、それぞれ、松葉杖上手になったのねー、ファミマに行けるくらいだからと言う。担当看護師には、無断外出はいけませんと叱られる。先生に聞いてみたら、許可するっていうことで、今後は自由だな。
======
2007年11月4日 4人部屋一人独占から4人満室に
4人部屋に一人だったが、いきなり3人入院してきた。70代、40代、そして高校生だが、なんと3人とも椎間板ヘルニア・・・ とにかく痛いらしく、ほとんど動けない。昼も夜も、イテッ、イテッ、あたたたという声が聞こえてくる。夜はいびきが止まるとイテッと聞こえてくる。熟睡できないだろうに・・・みなさんつらそうだ。動けないからおしっこはしびんに・・・音がリアルなんだよなあ。
======
退院日決定
生活に自信がついたわけではないが、3週間以内に退院したいという意向は伝わったようで、退院日が決まった。ちょっと散歩・・・というか、松葉杖の練習で外出してみる。
病院の建物
病院付近路上・・・激しい植えモノですね。
近所の公園で休憩
病院は敷地内禁煙。ここは病院から近いので、煙をくゆらせるパジャマ姿の入院患者らしき人を時々見かけます。
さらに病院の屋上を散歩・・・いや、松葉杖の練習
足がむくんできたので、ベンチで横になって足を空に(上げすぎ) 右は病院屋上の避雷針 かなり疲れたので、これできっと飯がウマイでしょう。
救急病院から借りてきて、今の入院先に提出していたレントゲン写真が返却された。窓の外の光にかざしてみる。
竹を割ったような?なかなか見事な折れっぷり。これだけばっさりとした症例も珍しいとのこと。しかし、陶器のかけらみたいなものも見えるな~。このレントゲン写真、静岡に返却しなければいけない・・・あっ、松葉杖も借り物だった (゚O゚;
松葉杖の練習から帰ってくると、こんな伝言が。明日、退院前のレントゲン撮影をすることになったらしい。
左下腿骨2R? なんのこっちゃわからんがな。ここの病院には、うっかり忘れないように、ベッドごとにメッセージボードがあるのだ。次の日、さっそくお呼びがかかったので、一人で病棟からレントゲン室に向かう。そして午後に松葉杖の練習をして病室に戻ったら、主治医の先生が来てた。同室の別の患者と話をしていて、おいらのベッド上には先ほど撮影したレントゲン写真が放置されていた。
レントゲンのフクロを隠し撮り・・・何が単純なんやろ?
テーブル上に置かれいたので撮影してみたが、うまく写らない。。。隠し撮りしていたら先生が、自分の写真やから撮ってもええで、撮りやすいスタッフステーション行こかーってことで、蛍光灯のバックライトのある部屋に連れてってもらい、写真を撮りながら質問したり、説明を受ける。
左;横から撮影、前から(上から)撮影 Lの表示は左足ってことね。きれいに撮影できますね。 左の写真のひざの部分にエンドキャップがあるらしく、1年後にここから抜くとのこと。入院期間は10日くらい、夏休みか冬休みあたりに来ればええんちゃうかーって。
なんだか骨のかけらがありますね~ (^_^X) 先生の話では、角度が狭くなってきたそうな。このまま吸収されるんかいな?
まだ骨はくっついてないように見えますねぇ。くっきりすき間が見えますやんか。まぁ、今の時期ならば、こんなものらしいけど。
太い金属のネジ止め穴に余裕をとっているのは、力が加わってすき間が狭くなったときのためらしい。また、くるぶしの部分に、細い針金の先端が曲げられている部分が見えます、これって先端を曲げておかないと、皮膚を突き破って出てくるそうな(寒っ) 針金はこの位置からでないと入らなくて、しかもこれ以上押し込むことはできないそうです。足首を動かすと痛いんだな~、先生は、折れた時より痛くないやろって・・まぁそうかなぁ。とりあえず退院決定。
退院の日、医事課窓口へ金額を聞きに行くと・・・35万円くらい・・・冬のボーナスぶっとびです。 うちの親は郵便局に入金したということで、病院のATMは郵便局と提携してないがな。近くの郵便局をケータイで調べると・・・現在地から1.5km (ToT) 遠かったのですが、松葉杖で金策に走りました。
=======
高額医療費
健康保険の高額医療費を調べてみると、一ヶ月間に8万ン千円を超過した分が支給されるそうな。今回支払った内訳は、30万(10月分)と7万(11月分) 10月に手術をしたので10月がバカ高いのですが、11月もそれなりに大きい額です。高額医療費は月単位なので、10月分は20万円ほど帰ってくることになるが、11月は8万を超過してないのでダメ。つまり、3週間程度入院するのであれば、月をまたがず当月内に手術して退院できるよう工夫すれば、まとまって高額医療費が帰ってくるわけです。おいらの場合は、あと一週間ガマンして11月アタマに入院・手術すれば、あと7万円も帰ってくることになるのですが・・・ガマンでけへんわなぁ。
最後の病院ごはん、相変わらずあっさりやな。
手術室まで往復したこのベッドともお別れ。忘れ物はないなー?
もうラクラクな車椅子には乗れない、松葉杖一本(二本ね)で社会復帰だ。
看護士がタクシーを呼ぶよと言うのを断って、電車で帰る。婦長まで5人の看護師がお見送り。 お世話になりました! 明日から社会人に戻ります。
2007年11月8日夕方退院
退院してから、単身で松葉杖生活をすることになる。まともに生活や仕事ができるんやろか?
・・・意外と大丈夫だった。
=============
通勤スタイル
両手松葉杖です。かばんはバックパック。スーツの上着もジャマなので、ワイシャツネクタイ上に、ユニクロのフリース着用です。
出勤準備
新聞屋か牛乳屋さん並み朝5時におきて、準備していると6時、もたついてしまう。松葉杖での自宅内の移動は想像以上に遅いのだ。ズボンや靴下は座らないと履けない。パンをトースターまで、皿とカップをテーブルまで、牛乳を冷蔵庫からテーブルまで・・・意外と移動が多い。
自宅から最寄駅まで
最長距離を松葉杖で歩く 駅まで徒歩1.5km15分くらい、結構遠いほうだ。そこを松葉杖で40分もかかってしまった。犬の散歩のオバチャン、駅まで歩くのって不思議そうな顔? かなり痛々しいらしい。駅に着いた時点で息切れ、肩と手のひらが痛い。
マメができて、かなり痛い。
通勤電車
JRで大阪市内のターミナル駅まで30分。早起きしていつもよりかなり早い電車に乗ったつもりでも、 2〜3席空いているだけでほぼ満席の混み具合、数少ない空席も座ることは難しく、あきらめて片足で立ったまま棒につかまる。
気をつければ、クレバスに松葉杖を突っ込むことはないでしょう。
優先座席
別の日に優先座席に行ってみた。座れると思ったが、甘かった・・・。おいらが席を譲りたくなるようなお年寄りが座っていると退散。 ガムを噛むにーちゃんが、なんや、という顔でにらまれて退散。たまに譲っていただいて座れたときも、隣の健常者に痛い足を押されて退散。 あるときは、目の前にお年寄りが立ち、健常者が寝ているため、譲らざるを得なかったり・・・。 優先座席はお年寄りや妊婦などが集まるため競争率が高く、骨折程度では座れないことが結構ある。また、優先座席に堂々と座る健常者は、ちょっと怖いというか根性が座っているというか・・・。おいらのような、いかにも譲ってください的な存在がイヤミっぽく見えるらしく、にらまれてしまうので、逆に敬遠するようになった。
快速乗り換え駅、座るぞ!
15分ほどで途中の快速乗換駅がある。ここで普通列車はいくつか席が空くので、健康な頃にはいつもはここで座っていたのだが、松葉杖では動きが遅いので、競争は厳しい。目の前に空いた席さえも座られてしまうことがあり、目の前に座ったサラリーマンは2秒で目を閉じて寝てしまう。しかもターミナル駅(環状線の天王寺)に到着したら、2秒で寝たサラリーマンは、ドアが開いて2秒で目を開け、おいらの怪我している足にかばんを当てて駅へ下りていくことも多い。おいらを見て、ケッといって去っていく人もいる、気持ちはわかる、疲れている朝の通勤で、やっと席があいたと思ったら、隣に松葉杖の人がいるとチクショーと思うだろう。
座れるのは、帰りの始発駅だけ、世間は厳しい。
大阪市内ターミナル駅 JRから地下鉄に乗換え。JRも地下鉄もエレベータ完備、その間には動く歩道がある。地下鉄の駅、人ごみの中を、すいません・ごめんなさいを連発しながら縫っていく。端の車両は満員なのはわかっているので、 3両目まで行って待つ。 到着した電車は座れないが比較的すいている、御堂筋線でなくてよかった。わずか2駅なので、会社近くの駅になんとか到着。
エレベータ点検中・・・こういうことも時々あるんですよ。階段でがんばります。
動く歩道
大阪の人はせっかち、動く歩道で止まっていたら、何を言われるか・・・。そういうわけで、 人の流れが途切れたところを狙って突っ込んでみる。しかし、早足なサラリーマンにたちまち追い立てられ、手すりに平面的によけて進路を譲る。混雑時には避けたほうが無難ですね。
エスカレーター
通勤経路には、エスカレータのあるところには必ずエレベータが併設されているので、お世話になることはないが、外出時には乗らなければならないことがある。境界線には黄色いラインがあるのだが、どのタイミングで乗ればいいのかわからず目が回ってくる。しかし、エスカレーターは、乗り込んでから段差が出来るまで少し余裕があるので、その間に修正すればいいことがわかってからは、簡単に乗れるようになった、いや、簡単というよりは、とりあえず思い切って乗ってしまえ・・・なのだ。
会社に着いて 会社に着くと、松葉杖を突く腕・肩そして健常な足の疲労がピーク、おなかもすいて、おにぎり2個は食える勢いだ。特に初期の頃は全く仕事にならなかった。手土産などのまんじゅうが余っていたら、食べてたなー。 デスクでは 手術した左足は、まだまだ腫れているので、出来るだけ高い位置にしたほうが痛みが緩和する。入院中も、 練習やリハビリ以外のときは極力ベッドで横になっていた。しかし、職場ではどうしたらよいものか・・・。
これがベストポジションだが、仕事にならんなー。昼休みでも、エライ人に見られると、ムムっと言われそう。
手前は上司の席なのですが、 そこへ足を向けて仕事をしています。(松葉杖は越境) コピー・お茶くみ 管理人はOLではないのだが・・・会社のPCは、LAN経由のネットワークプリンターなので、印刷したら、10メートルくらい先に取りに行かないといけない。お茶やコーヒーは自分でいれなければならない。
キャスターつきのイスを車椅子代わりに、右足で後方に蹴って走っています。前進よりもバックが断然早いです。 松葉杖よりもいいところは、書類やお茶を持てることです。来客とトイレ以外は基本的にこの動きで、事務所内を走っています。
雨
こんなに天気の事を気にしたのは初めてです。今までなら低気圧と波の高さですが、やっぱり気になるのは雨です。幸いなことに、退院してから2週間は、通勤時間帯に雨に祟られることはありませんでした。しかし、ついに降りました・・・・
ダイソーのポンチョです。松葉杖では傘は持てないので、このカッコをするしかありません。帰ろうと着替えていたら、隣の部署から、ねずみ男がいる!と言われます。
帰り際に対面席のNさんが撮影。どことなくスナフキン的(旅人?)というか、寂寞感が漂います。雨はキライだ、修行しているみたいな気がしてくる。
お見舞い金
会社からお見舞金をもらう・・・といっても、本来は入院中にもらうもののような気がするし、申請は自分で決裁書かないと行けない。・・・しかし助かるわ、マジで、高額医療費で火の車やったからね。
=============
スーパーでお買い物
管理人は一人暮らしなので、クルマ(ジュニア)でスーパーへ行きます。店内では、松葉杖で両手がふさがっているので、買い物かごは持てません。 だからといって商品をバックパックや袋に入れると万引きになってしまいます。そういうわけで、スーパーに常備している買い物用カートを、お腹で押して食料品売り場を回遊します。カートはまっすぐ進んでくれませんので、しばしばショーケース・積み上げられた商品・陳列中の店員などに激突します。周囲は大変キケンなので、遅くまで営業しているスーパーに、人の少ない遅い時間に突入します。 レジでは、気の利くチェッカーさんならば、袋に詰めてくれますし、松葉杖で運びやすいように重量バランスの配分をうまく2袋に分けて、松葉杖で持ちやすくしてくれます。行きつけのスーパーでは、ジュニアまで持っていってくれます。感謝です。
休日
某サーフポイントで撮影
しかし、しばらくサーフィンはオアズケです。でもサーフィンのことは気になるので、サーフポイントで見学したり、ツレのサーファーについて行ったり、サーフィンのDVDや雑誌でイメージトレーニングです。
温泉近くの雪上で決死の撮影
骨折中限定の湯治の旅、キャンピングカーらしいレジャーですね。温泉の洗い場ではケツ歩きで、意外とどこの温泉でもOKです。別の生き物のような動きをするので、ガキに指を指されるけど気にしない気にしない。
ジュニアの車内は狭くて落ち着きます。松葉杖で歩かなくても、生活に必要なものは何でも手が届くので、自宅よりすごしやすい。
ジュニアがあれば、松葉杖でも、退屈な休日なんてありえないですね。
しばらくサーフィンはオアズケ、そして松葉杖との付き合いが続きそうです。ブログの整理でもするかな~
コメント/トラックバック
現在、この記事へのトラックバックは受け付けていません。
この記事のコメント・トラックバックRSS
コメントする